吉浦ブログ
瀬戸内海に面した呉市吉浦。弥生石器が出土したこの街・吉浦を歩いてみると、昔ながらの人なつっこい人情や情緒を感じます。「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦の里」。この歌は、吉浦八幡神社の山の手の歌碑公園に建立されています。紫式部の父である筑紫守・藤原為時が詠んだ和歌です。いにしえの歌そのままに、今も通じる住みやすき吉浦を、画像で捉えてみました。
吉浦の街は、16の地域から成り立っています。郵便番号簿にも、①池ノ浦町、②岩神町、③上城町、④神賀町、⑤新出町、⑥新町、⑦潭鼓町、⑧中町、⑨西城町、⑩東本町、⑪東町、⑫本町、⑬松葉町、⑭宮花町、⑮乙廻り、⑯その他、とあります。地域名の上には「吉浦」という名が冠してあり、吉浦駅だの吉浦支所だの、吉浦小学校、吉浦交番、吉浦郵便局、吉浦大川というように、「吉浦」を使っているのをよく見かけます。
「吉浦橋」もそのひとつ。国道31号線を支え、街の名前をつけた橋です。橋の端にある親柱には、「吉浦橋」と刻まれています。この橋の下を、吉浦大川が流れています。
もう片方の橋には、平仮名で「よしうらはし」。
橋の名前を記した反対側の親柱には、「昭和16年3月竣工」と記してありました。ということは、79年まえに出来たっていうことですよね。歴史あるこの吉浦橋を、どれくらいの人や車が通ったことでしょう。
海側から眺めた吉浦大川に架かる吉浦橋。向こうの奥の山裾は茶臼山。
1. なつかしい吉浦橋