吉浦ブログ
瀬戸内海に面した呉市吉浦。弥生石器が出土したこの街・吉浦を歩いてみると、昔ながらの人なつっこい人情や情緒を感じます。「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦の里」。この歌は、吉浦八幡神社の山の手の歌碑公園に建立されています。紫式部の父である筑紫守・藤原為時が詠んだ和歌です。いにしえの歌そのままに、今も通じる住みやすき吉浦を、画像で捉えてみました。
吉浦八幡神社の境内から一の鳥居を眺めてみると、うっそうとした樹木があります。神社を取り囲む天然記念物の社叢は、呉市の文化財に指定されています(吉浦西城町=よしうらにしじょうちょう)
八幡さまの石段を上がっていく途中に表示されている文化財の説明板。そこには、次のように記してあります。「呉市指定文化財 第21号 天然記念物 吉浦八幡神社の社叢 S43(1968)年10月1日指定。海抜約20mに当たる神社の南・東斜面は、急な崖となっており、植物が生えにくく、昔はこのあたりが、海岸線だったと考えられてます。境内には、アカマツ、クロマツ、ソメイヨシノなどが植えられており、社叢は斜面毎に異なった植生を持ち、植物の種類が、時の経過によって移り変わってきた様子(遷移)の各段階を見ることができます。もっとも大木が多い北斜面は、アラカシ、クロガネモチ、シイ、ナナメノキ、モッコク、ヤマモモなどが生え、タイミンタチバナ、ヒメユズリハ、マンリョウ、ヤツデなどの常緑低木が見られます。特に、石段の近くには、小規模ながらシイ林の極相(長期間安定した状態)が見られます。全体的に樹種が多く、古木や大木が多いところが特色です。呉市教育委員会」
神社の南・東斜面は、急な崖となっており、植物が生えにくく、このあたりが昔は海岸線だったと考えられます。
崖下には、宮川が流れており、そのそばに、「急傾斜地崩壊危険区域 吉浦八幡神社下地区」という表示板があります。
境内東側の樹木と西側の樹木。大木や古木が無数に生えています。
1. 年輪刻んだ大木巨木