吉浦ブログ
瀬戸内海に面した呉市吉浦。弥生石器が出土したこの街・吉浦を歩いてみると、昔ながらの人なつっこい人情や情緒を感じます。「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦の里」。この歌は、吉浦八幡神社の山の手の歌碑公園に建立されています。紫式部の父である筑紫守・藤原為時が詠んだ和歌です。いにしえの歌そのままに、今も通じる住みやすき吉浦を、画像で捉えてみました。
能登半島の千枚田などには到底およばないけれど、鍋土峠で見た呉市吉浦の棚田。8段くらいあります。草取りや、田の手入れをしていました。
青々と稲が育つ棚田は、焼山吉浦線(県道278号線)の道路沿いにあります。農家の手によって、手間ひまかけて育てている青田の稲。
焼山と吉浦を結ぶ県道278号線の山あいには、2,3カ所で田圃をみることができます。道の下の田んぼでも、天にむかって延びていました。
道の上にポツンとある田んぼも、稲は育ちのまっさかり。都会の喧騒を離れて、山歩きをすると、小さな田園風景に憩います。
童謡「かかし」を歌ったり、聞いたことがありますよね。「山田の中の一本足の案山子(かかし) 天気のよいのに 蓑笠着けて 朝から晩まで ただ立ちどおし 歩けないのか 山田の案山子(かかし)」
鍋土峠の棚田で、かかしに会いました。分かりますかあ、真ん中あたりに、立っているでしょ。
1. 棚田