吉浦ブログ
瀬戸内海に面した呉市吉浦。弥生石器が出土したこの街・吉浦を歩いてみると、昔ながらの人なつっこい人情や情緒を感じます。「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦の里」。この歌は、吉浦八幡神社の山の手の歌碑公園に建立されています。紫式部の父である筑紫守・藤原為時が詠んだ和歌です。いにしえの歌そのままに、今も通じる住みやすき吉浦を、画像で捉えてみました。
広島市の隣接市が戦艦大和を造船した呉市です。その呉市の
西側に吉浦という町があります。
JR広島駅からJR呉線に乗って11番目の駅が、「吉浦」。
人口は2025年3月末現在で、4,653世帯、8,958人
(男4,276人、女4,682人)の穏やかな町です。
三方を山に囲まれ、瀬戸内海に面しており、倉橋島や江田島
が遠望できます。
空から見た呉市吉浦。正面の山は茶臼山。右側の山は鉢巻山。びっしりと建て込んだ町家の山の手に、広島市内と呉市内を結ぶ高架のクレアラインが見える。
左手前は、海上自衛隊呉造修補給所貯油所。
山の手から見た吉浦。瀬戸内海のむこうに、茫洋とかすむ左の島は倉橋島。
中央の島は東能美島。右の島は江田島。
「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦のさと」。
吉浦運動場の道一つ隔てた公園に建立されている藤原為時が詠んだ和歌。
(吉浦西城町で)
「この和歌は呉亀山皇城宮由来記によると平安時代紫式部の父藤原為時が筑紫より上洛の途吉浦生浜(現在の若葉町)に寄港した折に詠じたという伝説があります」
「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦のさと」と紫式部の父・藤原為時が吉浦を和歌に詠んだことが発端になって、平成3年から年一度、吉浦の小学生と中学生が集い、詩歌創作大会が行われています。大会は、吉浦西城町の吉浦運動場で行ったり、吉浦東本町の吉浦まちづくりセンターで開かれています。主旨説明や生徒の朗詠のあと、個々に分かれて短歌の創作がはじまります(吉浦まちづくりセンターで行われた時の模様)。