吉浦ブログ
瀬戸内海に面した呉市吉浦。弥生石器が出土したこの街・吉浦を歩いてみると、昔ながらの人なつっこい人情や情緒を感じます。「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦の里」。この歌は、吉浦八幡神社の山の手の歌碑公園に建立されています。紫式部の父である筑紫守・藤原為時が詠んだ和歌です。いにしえの歌そのままに、今も通じる住みやすき吉浦を、画像で捉えてみました。
吉浦町誕生110周年を祝って、吉浦湾で初の海上花火大会がありました(クレアラインと並行している汐見橋6号線から撮影)
吉浦の夜空には、それはそれは大きな祝賀花火が、吉浦湾から約千発も打ち上げられ、みごとなイベントとなり、賑わいました。白いビルは、吉浦新町の14階建て藤和ハイタウン吉浦のマンション。黄色っぽいビルは、吉浦新町の14階建てルミナス吉浦マリナージュのマンション。
2026年8月1日に開催された海上花火大会のチラシには、「吉浦町は古墳時代より人々が生活していたような記録がございます。戦国時代を経て大正5年(1916年)に安芸郡吉浦村から安芸郡吉浦町となり昭和3年に呉市と合併し呉市吉浦町となり今日に至り、今年は吉浦町誕生110周年!令和10年には呉市との合併100年を迎えます!」と記してありました。
また、この日、吉浦町110周年記念吉浦ふれあい盆踊りと土曜市が同時開催されました(チラシ参照)
呉市の吉浦の俯瞰。この位置から、夜の海上花火大会を撮影。おだやかな吉浦の街は左の魚見山と鉢巻山、右のつばくろ山と海上自衛隊の基地の火山、背後の茶臼山の三方の山々に囲まれ、正面が吉浦の町並みと瀬戸内海。正面のマンション・ビルの右側の吉浦湾の沖合に台船が出て、花火が打ち上げられました。
ちなみに吉浦の町丁別世帯数は、吉浦池ノ浦町 220世帯。吉浦潭鼓町122世帯。吉浦新町1丁目342世帯。吉浦新町2丁目5世帯。吉浦東町144世帯。吉浦神賀町87世帯。吉浦新出町 114世帯。吉浦東本町1丁目151世帯。吉浦東本町2丁目192世帯。吉浦東本町3丁目76世帯。吉浦東本町4丁目24世帯。吉浦中町1丁目126世帯。吉浦中町2丁目166世帯。吉浦中町3丁目154世帯。吉浦本町1丁目111世帯。吉浦本町2丁目138世帯。吉浦本町3丁目126世帯。吉浦松葉町70世帯。吉浦上城町99世帯。吉浦岩神町110世帯。吉浦西城町83世帯。吉浦宮花町129世帯。吉浦町字鍋土1世帯。吉浦町字丸子1世帯。吉浦町字乙廻119世帯。吉浦町字森山1世帯。合計2911世帯です(呉市の町丁別世帯数一覧から抜粋)
JR西日本では、毎年デザインを替えて広島東洋カープのラッピング電車を、呉線などに走らせます、カープファンへのサービスなんですね。楽しい!(JR吉浦駅で)
吉浦には大小12本の川が流れています。そのうちの一つ、吉浦大川は町内随一の流量を誇っています。吉浦大川の流域を歩くと、いろんな人や家や工作物に出くわすので、新鮮な感覚が味合えます。三連の日本家屋の屋根を見ることができるのは、吉浦小学校そばの流域です。奥の山は、鉢巻山です。こんなにもよい風景がある田舎(吉浦中町2丁目で)
手入れのされないサビれた風景に出合えるのは、誓光寺のすぐ近くの吉浦大川のほとり。この吉浦大川の左側は吉浦東本町。右側は吉浦中町。
海近くの吉浦大川にかかる本川橋のそばに古びた送油管が通っています。この送油管は、太平洋戦争中に、吉浦から呉海軍工廠と広の第11海軍航空廠へ通じる総延長12kmの重油パイプラインのなごり。陸路で重油を送ることが可能だったということのようです。(吉浦新町1丁目で)
国立公園の瀬戸内海にそそぐ吉浦大川の河口。引き潮の河口から、小麗女島や大麗女島、さらには江田島、能美島がはっきりくっきり目にうつります。(吉浦新町1丁目で)
「これこれ石の地蔵さん……だまって居ては判らない」と唄ったのは、歌手・美空ひばりさんの「花笠道中」。そんな歌詞を連想させてくれる石の地蔵さんに、町なかの路地散歩で出会いました。花咲くときも、嵐や雨のときも、道ゆく人の願いに頷き、軒下にひっそり佇む優しさとふくよかさが滲み出ているご尊顔に、思わず頭が下がりました。(吉浦東本町二丁目15番地で)
赤い毛糸の頭巾をかぶり、赤い毛糸の肩掛けを身につけている石のお地蔵さん。六地蔵尊と言い、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人界、天上界)の一切衆生を教化する大慈悲菩薩と伝えられているようですね。吉浦大川近くのいつもの散歩道で、ごあいさつさせていただけるのが楽しみです。
瀬戸内海に面する呉・吉浦の高台を散歩していると、あるお家の庭で、愛らしい大型犬の石像に出会いました。愛嬌のある表情で訪れる人を癒してくれるのが、このセントバーナード。アニメの名作「アルプスの少女ハイジ」にも出てきますよね。吉浦の曲がりくねった奥の坂道を歩いていると、セントバーナードのやさしい瞳が迎えてくれます。
ネコちゃんが右奥に映っているのがわかりますか?ネコちゃんの姿を見ると、セントバーナードの犬像の大きさがわかるでしょ。(吉浦岩神町5で)
ここらあたりは県道278号線の元「吉浦アーケード」があったJR吉浦駅前通りの道。店の数は少なくなったけれど、この通りを歩けば、いろんな面白さが伝わってきます。ふと目についたのが、「吉浦に活力を!」のこの赤い地紋に白抜き文字の標語看板。(吉浦本町一丁目で)
呉服店だったこのシャッターには、「吉浦カニ祭り」の文字が飛び込んできました。
吉浦町内の各所に立てられている掲示板には、いろんな情報チラシが貼られます。バラエティなチラシに、つい引きつられ、立ち止まって見るというか、読んでしまう
「吉浦アーケード街」の名称が書かれたお肉屋さんの看板(左)。右の画像は、「吉浦アーケード街」と書かれた電器屋さんの看板。アーケード街の名残りを物語っています。
人の行き来がまったくなく、車の往来とて見当たらない昼間の吉浦アーケード街。だからこそ「吉浦に活力を!」という標語がピッタリするのでしょうね。
街の景色は、時の流れとともに移ろう。この道は、JR呉線の吉浦駅正面から、まっすぐ伸びて茶臼山の襞が見通せます。吉浦中学生が電車から降りて、家路にむかうこの道には、ついこの間まで「吉浦本町商店街のアーケード」がありました。アーケードの屋根も柱も、もう見るかげもありません。アーケードという建造物を撤去した道は、空高く広い道となって、人と車が行き来する焼山吉浦線の県道278号線であり、「吉浦街道」とも地元の人は言っています。(吉浦本町1丁目)
吉浦街道が賑やかな光景になるのは、朝夕の通勤通学の時間帯。買い物をする人や車も頻繁に通ります。ほとんどが地元の人で観光客を見かけることはめったにありません。静かで、のどかです。
JR吉浦駅前の呉市吉浦本町商店街のアーケード(長さ約110メートル)が、解体撤去されることになりました。
1961年にできたアーケードは、「この道通りゃんせ」といわれるほど、およそ64年間にわたって、街のシンボルとして親しまれてきました。いまではあの賑わっていた商店がほとんどなくなり、駐車場通りか、シャッター街、といわれるほどにさびれています。アーケードの維持管理が難しくなったようですね。10月の吉浦かに祭りが終わったら、解体工事がはじまり、12月中に撤去される見込みであるそうな。淋しいなぁ。
吉浦駅から焼山に至るこの道は、県道278号線で、そこにアーケードがあります。高さ5メートル、幅5メートルのこのアーケード通りには、最盛期には、スーパー、ケーキ店、本屋、履物店、布団店、写真店、学生塾、金融業、クリーニング店、不動産屋、チケットショップなど約40店舗あったのです。
さあ、踊りの輪に入ろう!! ユカタ姿の子らも、第33回吉浦ふれあい盆踊りに参加しました。やぐらから聞こえてくる吉浦音頭を耳にしながら、太鼓の音に合わせて踊りの円陣が少しづつ動いていきました(吉浦中町で)
吉浦アーケードでは、土曜市が催され、夏のひとときを楽しんでいました
参加者に配られた盆踊りのウチワ
吉浦ふれあい第33回吉浦盆踊りと土曜市のチラシ
「たのむわよ~」「オッケ~」。緑色のバレーボールが、空中高く舞い上がりました。14チームが参加しての好試合。第19回吉浦自治会対抗・女子ソフトバレーボール大会が吉浦小学校の体育館で行われました(吉浦中町で)
体育館内に貼り出された自治会対抗の一覧表。この女子ソフトバレーボール大会は、コート二面で行われました。
大人も子供も、走る、走る、走る。徒競走あり、リレーあり。プログラムには、「元気に運動、楽しく交流、ほがらかな町吉浦」の合い言葉。吉浦スポーツ協会主催の第58回吉浦町民体育祭が、吉浦運動場で行われました(吉浦西城町で)
「こっち向いてェー。手を上げるのよォ」。先生の明るいかけ声。「ヤッホー21」に臨んだ園児らは、それぞれに思いがあるようでした
拍手声援のなか、腰をつかって次々ボールを送るトンネル競争もありました
老いも若きも町民体育祭に参加。健康くれ体操で、手足をのばす初夏のほがらか交流
吉浦まちづくりセンターに、林夕佳健康運動療法士を迎えて、吉浦町民対象の健康づくり講演会がありました。壇上で自ら体操の手本を示す「機能改善運動教室」。(吉浦東本町で)
会場に流れる軽快な音楽を耳にしながら、療法士のリードで体をねじったり伸ばしたり、爽やかな汗をかく参加した吉浦町民
自治会の回覧板に添付されたチラシ(左)。右は健康づくり手帳に記載されている吉浦地区健康づくり運動普及推進協議会の健康指針
コーラスあり、ダンスあり、バレエあり、大正琴、ピアノ演奏、太極拳、銭太鼓にカラオケ・・・賑わいと若さではちきれた二日間の「2025吉浦地区文化祭」。画像は、フラ・タヒチアンダンスの披瀝。無料コーヒーにお茶のコーナーもあり、演じる者も観る者も、楽しさでいっぱい。(吉浦まちづくりセンターで=吉浦東本町)
バレエのかろやかな魅惑につつまれました。
吉浦まちづくりセンターで、「笑顔いっぱい健康づくり」の願いを込めた「体力測定教室」が開催されました。この教室は毎年開かれており、ドリンクおみやげ付きで参加は無料。開眼片足立ちや腕を伸ばして長さを測るファンクションリーチ、握力、10m歩行、超音波骨量測定などがありました(吉浦東本町で)
骨密度測定では、超音波骨量測定装置を使い、若年成人の平均値と比較したり、同年齢の骨評価の平均値と比較して、自分の骨密度の状況を知ることができました。
町内の自治会掲示板に貼られた「体力測定教室」の広報チラシ。
すべての測定が終わると、呉市保健所・西保健センターの担当者
から、総合評価による生活上のアドバイがもらえました。
プラットホームに佇んでいたら、時折見かけるカープ電車が、下りホームに入ってきました。とっさに撮影しました。ラッキー
5月28日以来、カープは首位独走中ですよね。このタイミングいい巡り会い! 高揚感が湧き出て、気持ちいい
カープを応援するJR西日本のカープラッピング電車は、毎年デザインが替わるから、カープ電車を見かけると、なんだかワクワクします
備えあれば憂いなし。呉市吉浦では、毎年、この時期に防災訓練を開催しています。吉浦小学校の体育館に、ヘルメットをかぶった町の人や消防団員などが集い、新原呉市長の話を聞き、防災意識を高めました(吉浦中町で)
おにぎりの炊き出しを準備する吉浦女性会
写生大会。グラウンドに展示された消防車、救急車、パトカー、白バイを見て、防災の絵を描く児童や園児、幼児。
消化器を扱う訓練(左)。避難訓練、初期消火訓練のほかに応急救護訓練、搬送訓練がありました。右は、事前に配布された吉浦地区防災訓練のチラシ。
2024年初夏の町内イベントとして、広島県呉市の吉浦運動場では、第57回吉浦町民体育祭が開催されました。走った、踊った、競った・・・体育祭は参加する人、声援をおくる人で賑わいました。出場者の緊張、応援席の興奮、場内の活気は、体育祭ならでは。これはトンネル競争です(吉浦西城町で)
将来のオリンピック出場も期待される幼児徒競走
「少子化や絶滅危惧種鯉のぼり」。よしうら保育園の園児らがつくった鯉のぼりが、青空に気持ちよくたなびく。近年、少子高齢化や住宅事情のせいか、吉浦の街なかでも、鯉のぼりを見かけることが少なくなった。5月こどもの日を前に、鯉の滝のぼりのごとく、ロープにはられ天をめざす鯉のぼりたちに、フレッシュな時代感覚をおぼえ、心が華やぐ(吉浦東本町で)
園庭に舞う園児の手作り鯉のぼりの胴体には、カラフルな色のウロコ。そのウロコには、夢のある楽しい願いごとを書いて貼り付けてあるのもみえた。
吉浦中学生は、のんびりしていません。青色信号になったら、もう走っちゃうんです。みなぎる若さを感じます(JR吉浦駅前で)
下校中の吉浦中学生
アーケードの吉浦本町商店街を通って帰る中学生
吉浦駅の構内には、このレール削正車のほかにも、すでに紹介したオーストリアの保線用車両マルチプル・タイ・タンパーもきたことがありました。いろんなスグレモノの作業車両がやってくるので、駅構内のレール置き場を覗くのは、楽しみです。
コロナ禍でやめていた呉市の吉浦八幡神社カニ祭りが、4年ぶりに催され、だんじりやお神輿、屋台などで賑わいました。吉浦本町の奥の坂道でも、篠笛や和太鼓とともに摺鉦(すりがね)の快い響きが鳴りわたりました。(吉浦本町で)
カニ祭りの日、奥の坂道では、鉦、笛、太鼓の行列が時折止まります。止まった先では、代わる代わるに小さな子らが太鼓を打ち、神気をまくばりました。
太鼓を引いて練り歩く幼い法被姿の子らの行列。怪我をしないように、祭り関係の大人や保護者が付き添っていました。吉浦カニ祭りは、毎年10月の第一日曜日に繰り広げられます。
令和5年8月5日の土曜日、吉浦ふれあい盆踊りが、四年ぶりに催されました。なにせ新型コロナ禍さわぎで、静まりかえっていた吉浦の街でしたが、浴衣姿の賑やかさが復活しました(吉浦中町で)
子供らも盆踊りの輪に入って楽しみました
呉市の新原市長(左から二人目)と藤本市議(左から3人目)もかけつけました。太鼓の音が、盆踊りをもりあげました
吉浦本町のアーケードの通りでは、かき氷や綿菓子だの、ヨーヨー釣りだの、ポップコーンコーナーなどで賑わいました。右の画像は、自治会の掲示板に貼り出された盆踊りのチラシ