吉浦ブログ
瀬戸内海に面した呉市吉浦。弥生石器が出土したこの街・吉浦を歩いてみると、昔ながらの人なつっこい人情や情緒を感じます。「かくまでに 思はざりしに 来てみれば いと住みやすき よし浦の里」。この歌は、吉浦八幡神社の山の手の歌碑公園に建立されています。紫式部の父である筑紫守・藤原為時が詠んだ和歌です。いにしえの歌そのままに、今も通じる住みやすき吉浦を、画像で捉えてみました。
ここらあたりは県道278号線の元「吉浦アーケード」があったJR吉浦駅前通りの道。店の数は少なくなったけれど、この通りを歩けば、いろんな面白さが伝わってきます。ふと目についたのが、「吉浦に活力を!」のこの赤い地紋に白抜き文字の標語看板。
呉服店だったこのシャッターには、「吉浦カニ祭り」の文字が飛び込んできました。
吉浦町内の各所に立てられている掲示板には、いろんな情報チラシが貼られます。バラエティなチラシに、つい引きつられ、立ち止まって見るというか、読んでしまう
「吉浦アーケード街」の名称が書かれたお肉屋さんの看板(左)。右の画像は、「吉浦アーケード街」と書かれた電器屋さんの看板。アーケード街の名残りを物語っています。
人の行き来がまったくなく、車の往来とて見当たらない昼間の吉浦アーケード街。だからこそ「吉浦に活力を!」という標語がピッタリするのでしょうね。
補給艦は護衛艦などに燃料を補給するのが役目ですね。補給艦の備蓄量が少なくなったら、補給艦自体に補給が必要です。新春の吉浦湾で補給をうけるため、補給艦「とわだ422」が、久しぶりに雄姿を現しました。
最近の自衛艦は、艦首の艦番号が薄くなっています。目立たないような工夫なんでしょうかね。補給艦「とわだ」の艦番号も、「422」なんて分かりづらくなっています。
補給を終え、2隻のタグボートに誘導されて、吉浦の海自基地を離岸する補給艦「とわだ」
街の景色は、時の流れとともに移ろう。この道は、JR呉線の吉浦駅正面から、まっすぐ伸びて茶臼山の襞が見通せます。吉浦中学生が電車から降りて、家路にむかうこの道には、ついこの間まで「吉浦本町商店街のアーケード」がありました。アーケードの屋根も柱も、もう見るかげもありません。アーケードという建造物を撤去した道は、空高く広い道となって、人と車が行き来する焼山吉浦線の県道278号線であり、「吉浦街道」とも地元の人は言っています。(吉浦本町1丁目)
吉浦街道が賑やかな光景になるのは、朝夕の通勤通学の時間帯。買い物をする人や車も頻繁に通ります。ほとんどが地元の人で観光客を見かけることはめったにありません。静かで、のどかです。
JR吉浦駅前の呉市吉浦本町商店街のアーケード(長さ約110メートル)が、解体撤去されることになりました。
1961年にできたアーケードは、「この道通りゃんせ」といわれるほど、およそ64年間にわたって、街のシンボルとして親しまれてきました。いまではあの賑わっていた商店がほとんどなくなり、駐車場通りか、シャッター街、といわれるほどにさびれています。アーケードの維持管理が難しくなったようですね。10月の吉浦かに祭りが終わったら、解体工事がはじまり、12月中に撤去される見込みであるそうな。淋しいなぁ。
吉浦駅から焼山に至るこの道は、県道278号線で、そこにアーケードがあります。高さ5メートル、幅5メートルのこのアーケード通りには、最盛期には、スーパー、ケーキ店、本屋、履物店、布団店、写真店、学生塾、金融業、クリーニング店、不動産屋、チケットショップなど約40店舗あったのです。
基地の街・呉市吉浦には、護衛艦だけでなく、民間のタンカーや油送船などが出入りします。ヘリコプター搭載艦の「かが」も、吉浦湾の海上自衛隊呉造修補給所貯油所へやってきました。甲板を含めた全長は、248m。でっかいな、と感じました。空母化構想があるそうですね。
補給所の桟橋に接岸し、オイルフェンスをめぐらせた護衛艦「かが」は、鉄のかたまりの巨艦であることが一目瞭然。
さあ、踊りの輪に入ろう!! ユカタ姿の子らも、第33回吉浦ふれあい盆踊りに参加しました。やぐらから聞こえてくる吉浦音頭を耳にしながら、太鼓の音に合わせて踊りの円陣が少しづつ動いていきました(吉浦中町で)
吉浦アーケードでは、土曜市が催され、夏のひとときを楽しんでいました
参加者に配られた盆踊りのウチワ
吉浦ふれあい第33回吉浦盆踊りと土曜市のチラシ
「たのむわよ~」「オッケ~」。緑色のバレーボールが、空中高く舞い上がりました。14チームが参加しての好試合。第19回吉浦自治会対抗・女子ソフトバレーボール大会が吉浦小学校の体育館で行われました(吉浦中町で)
体育館内に貼り出された自治会対抗の一覧表。この女子ソフトバレーボール大会は、コート二面で行われました。
大人も子供も、走る、走る、走る。徒競走あり、リレーあり。プログラムには、「元気に運動、楽しく交流、ほがらかな町吉浦」の合い言葉。吉浦スポーツ協会主催の第58回吉浦町民体育祭が、吉浦運動場で行われました(吉浦西城町で)
「こっち向いてェー。手を上げるのよォ」。先生の明るいかけ声。「ヤッホー21」に臨んだ園児らは、それぞれに思いがあるようでした
拍手声援のなか、腰をつかって次々ボールを送るトンネル競争もありました
老いも若きも町民体育祭に参加。健康くれ体操で、手足をのばす初夏のほがらか交流
吉浦まちづくりセンターに、林夕佳健康運動療法士を迎えて、吉浦町民対象の健康づくり講演会がありました。壇上で自ら体操の手本を示す「機能改善運動教室」。(吉浦東本町で)
会場に流れる軽快な音楽を耳にしながら、療法士のリードで体をねじったり伸ばしたり、爽やかな汗をかく参加した吉浦町民
自治会の回覧板に添付されたチラシ(左)。右は健康づくり手帳に記載されている吉浦地区健康づくり運動普及推進協議会の健康指針
わが街吉浦は、基地の町でもあります。呉市吉浦町乙廻の海上自衛隊・呉造修補給所貯油所に、ゆったりと勇姿をあらわし、第2桟橋に接岸したのは、護衛艦「さみだれ106」です。船首には判読できないほど薄い数字で106と記してありました。
アメリカやオーストラリアなど多くの国々と共同訓練をしたり、オマーン沖・アデン湾など外洋航行をするなど、国内外で平和と防衛などに励んできた勇壮な行動が伝わってきます。全長151メートル、幅17.4メートルの巨艦です。
コーラスあり、ダンスあり、バレエあり、大正琴、ピアノ演奏、太極拳、銭太鼓にカラオケ・・・賑わいと若さではちきれた二日間の「2025吉浦地区文化祭」。画像は、フラ・タヒチアンダンスの披瀝。無料コーヒーにお茶のコーナーもあり、演じる者も観る者も、楽しさでいっぱい。(吉浦まちづくりセンターで=吉浦東本町)
バレエのかろやかな魅惑につつまれました。
吉浦まちづくりセンターで、「笑顔いっぱい健康づくり」の願いを込めた「体力測定教室」が開催されました。この教室は毎年開かれており、ドリンクおみやげ付きで参加は無料。開眼片足立ちや腕を伸ばして長さを測るファンクションリーチ、握力、10m歩行、超音波骨量測定などがありました(吉浦東本町で)
骨密度測定では、超音波骨量測定装置を使い、若年成人の平均値と比較したり、同年齢の骨評価の平均値と比較して、自分の骨密度の状況を知ることができました。
町内の自治会掲示板に貼られた「体力測定教室」の広報チラシ。
すべての測定が終わると、呉市保健所・西保健センターの担当者
から、総合評価による生活上のアドバイがもらえました。
巨大な船の要塞「かが184」が、ヘリコプター二機を搭載して、吉浦湾に入港しました。夕日に輝いていました。燃料補給なんでしょう。艦の回りには、オレンジ色のオイルフェンスが取り巻かれ、オイル洩れしないように配慮されていました。
大きな「かが」の船体は、長さが248メートル、船幅は38メートル。
ふだんは、滅多に「かが」を吉浦湾で見ることはできないだけに、幸運ないい機会に巡り会えました。
プラットホームに佇んでいたら、時折見かけるカープ電車が、下りホームに入ってきました。とっさに撮影しました。ラッキー
5月28日以来、カープは首位独走中ですよね。このタイミングいい巡り会い! 高揚感が湧き出て、気持ちいい
カープを応援するJR西日本のカープラッピング電車は、毎年デザインが替わるから、カープ電車を見かけると、なんだかワクワクします
備えあれば憂いなし。呉市吉浦では、毎年、この時期に防災訓練を開催しています。吉浦小学校の体育館に、ヘルメットをかぶった町の人や消防団員などが集い、新原呉市長の話を聞き、防災意識を高めました(吉浦中町で)
おにぎりの炊き出しを準備する吉浦女性会
写生大会。グラウンドに展示された消防車、救急車、パトカー、白バイを見て、防災の絵を描く児童や園児、幼児。
消化器を扱う訓練(左)。避難訓練、初期消火訓練のほかに応急救護訓練、搬送訓練がありました。右は、事前に配布された吉浦地区防災訓練のチラシ。
2024年初夏の町内イベントとして、広島県呉市の吉浦運動場では、第57回吉浦町民体育祭が開催されました。走った、踊った、競った・・・体育祭は参加する人、声援をおくる人で賑わいました。出場者の緊張、応援席の興奮、場内の活気は、体育祭ならでは。これはトンネル競争です(吉浦西城町で)
将来のオリンピック出場も期待される幼児徒競走
「少子化や絶滅危惧種鯉のぼり」。よしうら保育園の園児らがつくった鯉のぼりが、青空に気持ちよくたなびく。近年、少子高齢化や住宅事情のせいか、吉浦の街なかでも、鯉のぼりを見かけることが少なくなった。5月こどもの日を前に、鯉の滝のぼりのごとく、ロープにはられ天をめざす鯉のぼりたちに、フレッシュな時代感覚をおぼえ、心が華やぐ(吉浦東本町で)
園庭に舞う園児の手作り鯉のぼりの胴体には、カラフルな色のウロコ。そのウロコには、夢のある楽しい願いごとを書いて貼り付けてあるのもみえた。
吉浦中学生は、のんびりしていません。青色信号になったら、もう走っちゃうんです。みなぎる若さを感じます(JR吉浦駅前で)
下校中の吉浦中学生
アーケードの吉浦本町商店街を通って帰る中学生
吉浦駅の構内には、このレール削正車のほかにも、すでに紹介したオーストリアの保線用車両マルチプル・タイ・タンパーもきたことがありました。いろんなスグレモノの作業車両がやってくるので、駅構内のレール置き場を覗くのは、楽しみです。
コロナ禍でやめていた呉市の吉浦八幡神社カニ祭りが、4年ぶりに催され、だんじりやお神輿、屋台などで賑わいました。吉浦本町の奥の坂道でも、篠笛や和太鼓とともに摺鉦(すりがね)の快い響きが鳴りわたりました。(吉浦本町で)
カニ祭りの日、奥の坂道では、鉦、笛、太鼓の行列が時折止まります。止まった先では、代わる代わるに小さな子らが太鼓を打ち、神気をまくばりました。
太鼓を引いて練り歩く幼い法被姿の子らの行列。怪我をしないように、祭り関係の大人や保護者が付き添っていました。吉浦カニ祭りは、毎年10月の第一日曜日に繰り広げられます。
国内の製油所から各地に点在する海上自衛隊基地までの燃料輸送を担う海自最大の支援船「油槽船YOT-02」が、呉市吉浦の貯油所に接岸しました。全長約105メートル、全幅16メートル、深さ8.8メートル。いま国内では、同じ型が2隻あるそうです。
(呉市吉浦町字乙廻で)
令和5年8月5日の土曜日、吉浦ふれあい盆踊りが、四年ぶりに催されました。なにせ新型コロナ禍さわぎで、静まりかえっていた吉浦の街でしたが、浴衣姿の賑やかさが復活しました(吉浦中町で)
子供らも盆踊りの輪に入って楽しみました
呉市の新原市長(左から二人目)と藤本市議(左から3人目)もかけつけました。太鼓の音が、盆踊りをもりあげました
吉浦本町のアーケードの通りでは、かき氷や綿菓子だの、ヨーヨー釣りだの、ポップコーンコーナーなどで賑わいました。右の画像は、自治会の掲示板に貼り出された盆踊りのチラシ